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歌は世につれ

「野狐禅」の解散(泣)

おはようございます。

ひさしぶりの「歌」カテゴリです。しかも解散ネタ・・・。

北海道に帰ってきてから聞きまくっていた「野狐禅」ですが、どうやら解散するようです。

「生きてもないのに、死んでたまるか」と叫んだボーカルの竹原ピストル。
マイペースながら友と二人で「鈍色の青春」を歩いた濱埜宏哉。
あまりにも不器用でまっすぐなその音楽スタイルは「弾き語りハード」と呼ばれ、
北海道へ帰ってきて心の空しさを感じていた私の中にドッシリと入り込んできたのでした。

解散の理由は、それぞれがH.P.で述べていますが、自分自身が思い描いた自分と、それに近づけない自分、そして気が付かないうちにその姿からはれていく自分・・・・。多くの葛藤があったことが、痛々しいくらいまでにつづられています。

二人がこのような決心をしたことについて、一ファンとして残念でなりませんが、ただこれで良かったような気もします。かたくなまでに二人のスタイルを守っていこうとした結果だと、そう認識することにしました。

しばらくはCDを聞き続けようと思います・・・。
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歌は世につれ

心に残る名盤~オフコース~

こんばんわ。

早速で申し訳ありませんが、昨日の伏線通り今回の「歌は~」の題材はオフコースです。

オフコースはいろいろとメンバーが入れ替わっているのですが、とりあえずデフォルトのメンバーとして、小田和正、鈴木康博、松尾一彦と清水仁の4名だと認識しています。オフコースとしてのデビューは、初のオリジナルアルバム『僕の贈りもの』が1973年2月20日に出されていますので、その頃と考えていいと思います。その当時は小田と鈴木の二人で結成していました。1989年2月26日、東京ドームでの公演を最後に解散するまで、シングル37枚、アルバム15枚を出しました。当時多くあったベストテン形式の音楽番組には一切露出しなかったことも、有名です。

私がオフコースを知ったのは、当時実家の付近にあった中古CD屋でベストアルバムを買ったのがきっかけでした。

何度も聞きました


このアルバムは1973年の「僕の贈り物」から1982年の「YES-YES-YES」までのシングルAB面を収録したもので、「秋の気配」や「愛を止めないで」、「さよなら」、「YES-NO」など、代表的な曲のほとんどが収録されています。ちょうど高校に入った頃だったと思いますが、ほぼ毎日のように聞いていた一枚です。

まあ、ちょっとネクラな感じでしたが、一人で聞きながら小田一正の声と、その詞の世界にどっぷりと浸かっていました。なんて優しく歌うんだろう、なんて切なく歌うんだろうと、当時の青い胸を痛めていたものです(お恥ずかしい・・・。)

これまでは愛だの恋だのといったテーマにそった歌に心を打たれていたのですが、最近ではちょっと方向が変わりまして、例えばこのアルバムの中にある「生まれ来る子供たちのために」といった曲に、自分のことや子供の事なんかを重ね合わせて、感動しています。2年ほど前にシングライクトーキングの佐藤竹善さんもカバーしていましたね。そのなかにこんな歌詞があります。

「生まれ来る子供達のために何を語ろう」

このところ、いろいろ肉親間の様々なトラブルや事件が起こって、毎日のニュースは耳を覆うばかりです。「自分が、自分が」といった感情の強さが、大人子供関係なく目立ってきているような気がします。社会のせいにするのではなく、大人一人ひとりが真剣に、子供たちと向き合わなくてはいけない時代なのではないでしょうか。

歌は世につれ

ポップなデュオ~ロクセット~

おはようございます。今日も暑くなるみたいですね。

さて、学生の頃で一番よく聞いたアルバムといえば、たぶんロクセットの「LOOK SHARP!」だったと思います。高校の往復には自転車で20分ほどを要していましたが、このアルバムをそれこそ歌詞を覚えるまで聞いていたのでした。

ロクセット“LOOK SHARP!”


ロクセットはスウェーデンのデュオで、ボーカルのマリー・フレドリクソンとパー・ゲッスルからなる二人組みです。

まあ、どちらかといえばビックヒットというよりスマッシュヒットを連続していたグループだったと思うのですが、実に聞き覚えやすいというか、キャッチーな曲作りがなされていたアルバムだった思います。時代柄、やはり80年代の打ち込み音が前面に出ているのですが、その電子音に負けないマリーの声質は、また相まって聞く側に大きな印象を与えたのだと思います。

今でも耳にすると口ずさんでしまうほど、思い出の深い一枚でした。

歌は世につれ

“渋谷系”とは何だったのか?

こんばんわ。今日は朝夕は多少冷え込みましたが、日中はさわやかな気候でしたね。

さて、本日の「歌」は、いわゆる「渋谷系」と区切られるジャンルで語られる「フリッパーズ・ギター」です。

高校の頃までは洋楽ポップスが中心だったのですが、大学に入ってから色々な音楽を聞くようになりまして、フリッパーズギターもその中に含まれていたわけです。ま、当初は単にカラオケのレパートリーとして仕入れただけだったんですがね。それで、そのときに購入したものが「カラー・ミー・ポップ」という、あまりにもフリッパーズらしいタイトルのついたベスト?アルバムでした。

POPなデザインですな


フレンチポップスをはじめとする様々なジャンルの音楽を巧みに取り入れた音楽性は、当時「渋谷系」とカテゴライズされたいわゆるポップな感覚を多くの若者たちに共有するところとなったのでしょう。小山田圭吾と小沢健二という、オシャレな二人が作り出す音楽というところでまた、その音楽性がビジュアルにとらわれていたという面もあったことは否めませんね。それまでの日本になかった「オシャレ」で「ポップ」で無国籍な音楽性を表現する言葉として、当時の世相の中で生み出された用語が「渋谷系」であったのでしょう。

ただこの「渋谷系」というカテゴリーは一体なんだったのか?現在よく聞く「秋葉系」といったカテゴリーと同様の、いわゆるその地名を中心として存在する文化圏内をピックアップして呼ぶ用語だったのでしょうか?

とりあえず「Wikipedia」で調べてみると、これまた意を得ない(もしくは私が理解できないのかもしれませんが)用語が並んでいますね。端的に表現した文章を引用すると、「それまでの流行りであったイカ天バンドなどの流れとは一線を画し、1980年代のニューウェーブや1960年代~1970年代のポップスなどの洋楽を中心に、幅広いジャンルの音楽を素地とした都市型志向の音楽であるとされる。」ということらしいです。

現在は「地方の時代」という用語をよく耳にします。「地域密着」や「地産地消」といった、地方を足場にした様々な取り組みがなされています。逆に「渋谷系」の時代は、「都市志向」つまり「東京志向」の時代であったのでしょう。文化の中心は都市にあるべきで、その文化発信も中央からなされるという風潮の中で、時の音楽シーンを作り上げたFMスペイン坂スタジオが「渋谷」にあったというところが、このカテゴリーを成立させる要因になったのかもしれません。

ただ「渋谷系」と呼ばれるアーティストたちは、例えばオリジナルラブの田島貴夫のように、かならずしもその呼称を快く思っていなかったみたいですね。

いわゆる80年代後半から90年代はバブル期をはさんで、日本が物と人にあふれた時代でした。いつまでも続く好景気に、人々は多くのアンテナを張り巡らせながら、自分たちの生活を満喫させるために多額の投資をどんどんと行っていた時代でありました。そのなかで金が集まる都市、いわゆる東京に文化もまた集まるという「幻想」が東京信仰なるものを生み出し、そこでは様々な文化要素が東京の名を冠して生み出されたのでしょう。「渋谷系」とはまさにそのような流れの中で作られたカテゴリーだったと思うのです。

歌は世につれ

私にはソノ趣味はありませんが~BROS

おはようございます。変な時間に寝たので、変な時間に起きてしまいました。うつろな状態ですが、とりあえず更新しておきます・・・。

BROS、この名前を聞いて「ああホモという噂の双子ね」と思い至った人は、なかなかのブロセッツですね。ちょうど高校受験頃にラジオで洋楽の番組があって、よく聞いていた中で印象に残った曲がありまして、それがBROSの「TOO MUCH」だったのです。そんでその曲が入ってるアルバムを買いに札幌のCD屋へ行った思い出があります。

双子なんですって


このアルバム。タイトルは「THE TIME」というのですが、このジャケットを見たとき思わず「えっ?モーホー?」と言ってしまったほどです。ちょっと買うのがためらわれました。「そんな趣味は無いんですが」と心の中で言いながらレジカウンターで購入したほどです。

まあビジュアルとしてはとっつきにくかったのですが、曲を聴くとなかなかに良いものでした。いわゆる80年代の打ち込み音をベースにした曲が多い中で、ボーカルのマットがまるでマイケルジャクソンを意識したようなリズムとフェイクを入れながらがなるといった、混成ミュージックの様相を呈していたのです。

なんでも元々は三人組だったのが、従兄弟の脱退によって双子だけが残った形になったそうで、そうした意味からも一新さというか、リフレッシュした曲調を前面に押し出した感がありました。いわゆるデビューアルバムのような感覚でまとまった一枚だったと思います。

ただひたすらに「愛」だの「恋」だのを軽快な打ち込みのテンポにのせてマイケルジャクソンばりの奇声をあげるその歌は、たしかに同時代でこそ聴き応えのあるものでしたが、今改めて聞くと、赤面するぐらい恥ずかしい曲であると同時に、そんな曲たちに胸を痛めていた時代を思い出させる一枚なのでした。
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