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やぶにらみ民俗学

拙稿できました

おはようございます。

久しぶりに拙稿ができました。大学院時代の母校である帝塚山大学からお願いされていたもので、ちょうど昨年度の日本民俗学会年次大会で発表したネタがありましたので、それをまとめて文章化したものです。『日本文化史研究』第39号


タイトルは『「馬追原野」をよむ-北海道開拓伝承の在りか-』としました。私の遠い親戚である北海道開拓者・辻村直四郎氏の開拓日誌をもとに、その娘であった作家・辻村もと子が小説化した作品である『馬追原野』をもとに分析し、同時代の小説や時代背景を併せることで、北海道開拓をどうとらえていくかという、自分にとって試験的な論文となりました。

北海道では三世代以上が経過し、なかなか口頭で開拓が語られることは稀となっていますが、どこまでその開拓の名残を「記録化された伝承」から探し出し、再構成していくかということを目標にしていきたいと思っています。

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やぶにらみ民俗学

「こうしんのもり」の日

おはようございます。

昨日のことです。なかなか下の娘が寝付かない。いつもなら朝店に来てから少し騒いだ後眠りにつくのですが、気が高ぶっているのか、寝付かない。祖母いわく「今日はこうしんのもりの日だから、寝つきが悪いかもね」

・・・「こうしんのもりの日」?

「庚申の守の日」でしょうね。

「庚申」というのは「かのえさる」で、一年に60日に一度くる日です。民俗調査などをしていますと「庚申講」や「庚申さん」という名前で出てくる行事で、この日村の人々が集まって神仏を祀り、夜を徹して歓談するという日と聞きます。最近は参加する方々が高齢化しているため、夜を徹するのではなく日付が変わるまでといった例が多いみたいです。

なぜこの日に夜を徹して歓談するのか。それは道教の伝説によるところが大きく、人間の頭と腹と足には三尸(さんし)の虫(彭侯子・彭常子・命児子)がいて、いつもその人の悪事を監視しているのだそうで、この三尸の虫は庚申の日の夜の寝ている間に天に登って天帝に日頃の行いを報告し、罪状によっては寿命が縮められると言われていたのです。そこで、三尸の虫が天に登れないようにするため、寝ずに酒盛りなどで歓談をして夜を明かした。村の公的な休み日でありまして、人々はこの貴重な休日に親睦を図り、また体を休めたのでした。日本の農業人口が八割を超えていた時代、この日は日々農作業に明け暮れる多くの人々にとって有意義な時間であったことでしょう。

歴史的にも古く、天皇が暮らす皇居の清涼殿の御湯殿で天皇に仕える女房が書き記した日記である「お湯殿の日記」文明九年(1477)正月二一日に「かうしん」という記事が見えます。その初見は『枕草子』(長保三年頃・1001頃)といいますから、優に1000年の歴史を超えて現在まで語り継がれている伝承なのです。当初は知識階級である貴族から始まった風習で、民間定着は江戸時代といいますが、それにしてにも400年は経っているんですから。

そんな長い時間を経て娘にあてがわれた「こうしん」という言葉。何かその背景にある大きな時間の流れに感動している間もキャアキャアと騒ぐ娘・・・。結局一回も昼寝することなく、夜の入浴中にようやく寝たのでした。


やぶにらみ民俗学

1965年という時代②

こんにちわ。昨晩も雪がすごかったですねえ。最近車を動かしていなかったこともあって、車が埋まっていました。掘り出すのに20分ぐらいはかかりました。これが岩見沢の実力です(笑)。

早朝の更新がほぼ日課のようになっていますが、今日は朝から雪かき→歩くスキーの練習→店番という一連の流れがありまして、今に至っております。


さて、昨日は久々の長文となってしまい、まだまだ書き足りないこともあったので、残りの部分は今日廻しにしてしまいました。

内山節氏の『なぜ日本人はキツネにだまされなくなったのか』。歴史哲学的にポストモダンを語る上で「キツネにだまされた話」という伝承の生成と消滅をその検証材料とした、とても興味深いお話でした。

いわゆる「民俗学衰退論」は、民俗学がこの「ポストモダン」という時代を扱いきれなかった、あるいは扱う視点を持ちきれていなかったという現状から端を発したものだと思います。確かに「衰退論」を提唱された方をはじめとする年代の方々を中心として、一時は学会を巻き込んだ一大論争にまで発展しましたし、その残り火は現在も燃えています。半ば自嘲的な言い回しも見られ、どこまで本気なのかと疑ってしまいたくなるぐらいです。

ここで考えなければいけないのは、「ポストモダン」の時代に生きる我々が、近代知として成立した民俗学の方法をもって「ポストモダン」を論じることができるか、という命題です。

つまり民俗学を土俗学といって、モダニズムの中で失われていく日本の古き姿を求めていた柳田國男が見た日本とは、江戸時代末期の風景が残る日本でした。そしてその弟子たちが求めた原風景は明治・大正であったのです。当然その弟子の弟子、あるいは弟子の弟子の弟子ぐらいの年代となる我々が求め、そして目にする日本の姿とは大正・昭和の時代であり、戦争などの国難を経て高度経済成長を果たした日本、その現在の姿なのです。

江戸時代の姿を見て形成された方法論が、平成の世から昭和を見る視点に有効に活用できるものかどうか?答えは否、です。

現在に生きる我々には、現在に生きる中で培ってきた世間を見る目があり、その立ち位置から大正・昭和の日本の姿を見るという方向性をもつこととなり、当然柳田氏が持ちえた近代の問題意識とは遠くかけ離れたものになるのは、仕方がないことなのです。

確かにポストモダニズムにおける発展主義は、日本各地に残る古き生活を一変させ、均一化させてきたでしょう。しかしだからといって、生活そのものは存在し、生活する人間は存在していることに変わりはありません。

であるからこそ、「今の日本には民俗学が求める伝承的生活は存在しない」といった時、その人がいう「民俗学」とはいつの時代にその人の知として形成された「民俗学」であるのかということに注意をしなければならないのです。

めまぐるしく移り変わり、高度な情報化社会の中で生活の均一化が進む現代で、何を問題意識として人々の生活を見ていくか。そしてのその生活はどのような歴史的展開を経ながら現在そこにあるのか。その問題意識がもっとも重要なのではないでしょうか。

「柳田が今の日本を見たら・・・」なんて物言いがありますが、まったくのナンセンスです。なぜならば、本来彼自身が思考した知の方向性は、常に「眼前の事実」にあったからです。であるからこそ、その「世間を見る目」を常にもっていなくてはいけませんし、「衰退」どころかまだまだ「発展」しうる学問として、民俗学は存在していると思うのです。

以上です。長々と書いてしまいましたorz

ここまでお付き合いいただいた方、ありがとうでした。


やぶにらみ民俗学

拙稿できました⑥

おはようございます。前野商店は本日から営業再開です。とはいっても実質配達業務は昨日から行っていますが・・・。

さて毎年掲載していただいている、香川県金刀比羅宮の機関紙『こと比ら』ですが、今年も「金毘羅祈願文書について」というタイトルで投稿いたしました。

写真は同じですが・・・


内容は、江戸時代に信州のある庄屋が金毘羅大権現に祈願をかけた通称「金毘羅祈願文書」を解読し、そこに「江戸」や「大坂」といった大都市で流行した信仰の「地方」における伝播の実態を踏まえ、人々が当時金毘羅大権現にかけた「天狗信仰」とはいかなるものであったか考察したものです。

以下は引用です。
江戸時代、讃岐国内を領国とする大名藩邸に勧請され、当時の「開帳ブーム」ともいうべき風潮によって広く江戸市民に知られ、その後爆発的な流行をみせた金毘羅信仰。その信仰の中心にあったものは、漁民を中心に広がった航海安全・豊漁祈願・海上守護の霊験と、修験道を中心とした「天狗信仰」ともいうべき、超自然的な力への期待であった。そしてその信仰は江戸・大坂といった大都市だけでなく、地方にまで伝播していたのであった。金毘羅信仰のなかにある「天狗信仰」へ人々が寄せたものは、およそ現実的なものではなかったであろう。しかしながらその強い願いの中に、当時の人々が願う「現世利益」があり、「大願成就」を願う心がまた、更なる信仰を求めていったのかもしれない。

この論文で金毘羅関係論文も10本となりました。そろそろまとめてみようかと、考えているところです。

やぶにらみ民俗学

ご著書いただきました

おはようございます。雪のない朝が続いていますが、あいかわらず気温は低い・・・。シバレた朝迎えております。週末には雨が降るとか・・・。確か去年の今頃も雨が降って雪が溶け、道路がベチャベチャ。大変な目にあいました。

さて先日、長らくの友人であった青柳智之氏より、ご著書『雷の民俗』をいただきました。

とても美しい装丁です


青柳氏とは大学の頃に民俗学を志してからの友人で、よく学会や研究会などでご一緒にさせていただき、いろいろとお教えを受けたり議論したりと、楽しくお付き合いをさせていただいておりました。

埼玉県に行かれてからは研究畑ではなく、公務員としての職を選ばれたと聞いておりますが、研究職ではない立場でありながら着実にフィールドを重ね、今回の出版となったのです。
本当におめでとうございます。

内容は、「雷」に関する伝承がそれこそ全国津々浦々から集められております。氏はその内容を(1)恵与性(2)厄災性(3)季節性の三点に分けて分析されておられ、まさに現在社会における人間と雷とのかかわりを余すところなく記述されておられます。そのフィールドの広さには脱帽するばかりです。

あとがきに氏はこう書かれております。
民俗学の学びの旅をはじめて十年余りがたつ。この間、必ずしも順風満帆だったわけではない。歩いても頭の中は袋小路に入ることが多かった。五、六年はそういう状態が続いたが、それでも歩いた。歩けば何か必ず発見があったからだ。

いつも深く考えてから言葉を選ぶように話してくれていた氏の横顔を、思い出しました。
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